2008年10月27日

コンタクトには、『慣れ』が必要ですね。

文化祭まで5日を切り、体育の方も剣道が始まったので、コンタクトレンズを処方してもらうことに。いわゆる2weekというやつ。ソフトだからぺらっぺら。

今までメガネの人にとって、目に異物を入れるのはかくも辛いことなのか。6時までなのに30分延長して、延々と鏡とにらめっこ。コンタクトを入れる練習に10分ぐらいかかりましたよ。なんてこった。

入る瞬間に瞼がパチパチしてしまうんですね。人間たるもの、異物から身を守るのは当然だし、『慣れる』というのもそれなりに恐ろしいことじゃないか、と考えてしまうのです。無意識に装着して暮らせるようになるのでしょうか。

いまのところ幸い『ゴロゴロ』しないのですが、裸眼で視力が保たれているというのに如何せん違和感を拭えません。涙も出てくるし、メガネの方がはるかに楽な橋だと思いました。私の性分にコンタクトのケアが合うのかなあ…心配。2週間坊主になったら困るのですがね。
23:01 | Comment(0) | 日記

2008年10月06日

机 not found

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今日は新しい数Aの一回目でしたが…。

なんだったんでしょうね(笑)


書いてるだけの授業だったのでそれこそ眠らずに済みましたが、数学科の御出身というだけあってやたらオタッキーになりそうな予感が。まさに二個前の記事で「なるべく『濃い内容』の授業がいい」と書いた直後のこのざまです。変なこと書くんじゃなかった、ホントに。

授業態度の方はなかなかに荒れてました。いつしかの今丼大先生の片鱗が見えた感じ。先生の居ないスキに舞い飛ぶトランプ。(というか、授業の合間に25番氏の机が“なくなる”ってどうなのよ?) 一波乱起きそうな感じで、今後彼が苦労するのは目に見えてますね。

どうぞお大事に。


今日、HR終了後に“直帰”したので、帰宅中の小学生を久しぶりに目撃しました。

そこで気づいたんだけど、あいつらの帰宅中の挨拶は必ず「さよなら」なんですね。うーむ。こちらからすれば一期一会な感じなのに、一会すらさせてもらえない。考えてみれば、あのころは家に帰ってすぐ友達の家に遊びに行ったり、塾に行ったりと“どれだけ早く帰れるか”が重要だった気がします。小学校そのものに用事がなかった。切り替えが大事とよく言われていますが、そういう面では昔の方がさっぱりしていたのかも。
それにしても小学校卒業してから4年、もうそんなになるのですね。中学の卒業アルバムは今日配られたというのに…w
22:29 | Comment(1) | 日記

2008年10月04日

PM理論

文化祭まで一月を切り、HR演劇は各クラスで順調に準備が進んでいることかと思います。私も全てのクラスの練習を見学させてもらい、“演出”の指導法の違いを考えてみました。

三隅二不二の提唱したリーダー論として、「PM理論」は有名だと思います。PはPerformance、MはMaintenanceの略で、それぞれ目標達成と集団維持の機能のことを示し、PMのベクトルの強さでリーダーの類型化を図っています。言ってしまえば、Pは能率、Mは雰囲気を重視しているのですが、ミツバチ理論にあるように、仕事をサボる人は必ず出てきますから、その25パーセントを働かせるようにPの面を強化すれば結果として仕事場の雰囲気は悪くなり、そのグループはPmとなってしまう訳です。同様に、Mを補えば能率Pが落ちるのも当たり前で、能率と雰囲気を両立させるPMは、到底達成できないからこそ“理想”なのかもしれません。

演劇において、役者は自分の演技というものを客観的に見られませんので、誰かに問題点を指摘してもらう必要があります。T駒の演劇練習でいえば、半ば強制的に“演出”役が充てられ、文実の思し召しとして練習の型はできあがっています。但し、その演出の使いようによって各クラスごとの多様な個性が生まれるわけでありますが。

メンバーが同学年である以上は役者や演出間に上司-部下関係などなく、もとはみな対等な関係であるはずですけれども、作業効率から考えても上下関係のある方が妥当です。PM理論を高一に当てはめてみると、指導力のある(Pm/PM)リーダーがいる3組はトップダウンでまとまっていますし、1組や2組は役者や演出で劇を作っており(pM/PM)、さらに1組では役者外に演出を置いていません。これは4組も同様です。

作業のタイプ分類では、短期型はPm、長期型はpMが有利とされています。PM原則に従えば3組の雰囲気が悪く、2組の能率が低いということになりますが、今のところ目立つ差異はありませんし、結果が出るのは1月後のことです。それまで気長に待つことにしましょう。
01:28 | Comment(0) | 日記

2008年10月02日

ちりぢり

某氏の授業が至って“普通”で、無難と言えば無難でも、授業の意義として明らかに内容不足であることは周知のことかと思います。

氏への批判が事態の好転をもたらすとは思えませんが、認識不足は困りものです。期末テストが前回同様に自由記述ばかりというのは、それこそ“丸暗記”ばかりになってしまうような気が。軌道修正を期待した今学期も、いまのところ目新しい内容もなく、今日の授業も資料の読み取りや先生の解説ばかり、そりゃぁ眠くなりますよねぇ。

T駒の授業の特徴として、話を聞きそびれると授業の流れをつかめなくなりどうしようもなくなった覚えがありますが、高一になってからそのように‐先生の話をくみ取って、板書と合わせてひたすら書き写すような授業は減った気がします。考える内容が減って、いたずらにに参考書をなぞるだけのような授業が増えた。もちろん英語や数学は別ですがね。

中1の時、いまの2組担任が“一般的な”指導順を無視した英語の授業で保護者の批判を受けていたのを思い出します。数学なんかは例をあげるまでもなく指導要領を無視していて、今でこそ懐かしい思い出ですが当時は受け入れがたかったことを思い出しますね。ドカンと難題を出してやるぐらいがT駒の生徒には向いているのだと今更ながら気付かされます…

話を戻して、氏の授業について、あのような専門書の受け売りは拙いと思うのです。いや、それをするにも何冊も濫読するぐらいはして欲しい。鉄道がテーマなら、みんなを洗脳しきるまで鉄道のことをやり続けるとか−得意分野ならなおさらに−詳しくやってほしいのです。みんなそれぐらいの受容力は身についていますし、教師とマンツーで議論するぐらいのアツい内容を求めていると思います。萎えきっているからこそ内職が出るのであって、濃い内容ならみな食いつくと思いますが…。
22:57 | Comment(1) | 日記

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