2008年10月02日

ちりぢり

某氏の授業が至って“普通”で、無難と言えば無難でも、授業の意義として明らかに内容不足であることは周知のことかと思います。

氏への批判が事態の好転をもたらすとは思えませんが、認識不足は困りものです。期末テストが前回同様に自由記述ばかりというのは、それこそ“丸暗記”ばかりになってしまうような気が。軌道修正を期待した今学期も、いまのところ目新しい内容もなく、今日の授業も資料の読み取りや先生の解説ばかり、そりゃぁ眠くなりますよねぇ。

T駒の授業の特徴として、話を聞きそびれると授業の流れをつかめなくなりどうしようもなくなった覚えがありますが、高一になってからそのように‐先生の話をくみ取って、板書と合わせてひたすら書き写すような授業は減った気がします。考える内容が減って、いたずらにに参考書をなぞるだけのような授業が増えた。もちろん英語や数学は別ですがね。

中1の時、いまの2組担任が“一般的な”指導順を無視した英語の授業で保護者の批判を受けていたのを思い出します。数学なんかは例をあげるまでもなく指導要領を無視していて、今でこそ懐かしい思い出ですが当時は受け入れがたかったことを思い出しますね。ドカンと難題を出してやるぐらいがT駒の生徒には向いているのだと今更ながら気付かされます…

話を戻して、氏の授業について、あのような専門書の受け売りは拙いと思うのです。いや、それをするにも何冊も濫読するぐらいはして欲しい。鉄道がテーマなら、みんなを洗脳しきるまで鉄道のことをやり続けるとか−得意分野ならなおさらに−詳しくやってほしいのです。みんなそれぐらいの受容力は身についていますし、教師とマンツーで議論するぐらいのアツい内容を求めていると思います。萎えきっているからこそ内職が出るのであって、濃い内容ならみな食いつくと思いますが…。
22:57 | Comment(1) | 日記
この記事へのコメント
むしろ生物…
中1の1学期から高校の範囲バリバリだったねぇ。


「一学期から変わったこと」
→黒板を使うようになった。

今思うと中2の頃の今丼って何だかんだ言って私達に親しまれてたし、悪い先生でもなかったような気がするなぁ。
その頃は「中2」だったし、前任のヤギさんが凄すぎたのもあって「残念な先生」として扱われてただけの感じもするなぁ。
Posted by 昆蟲大臣 at 2008年10月04日 15:30
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